30歳でプー太郎

30歳でプー太郎

旅することと食べることが大好き。「やりたいこと全部やってから死にたい!」というのが人生のテーマ。【自分で自分の仕事をつくる】という生き方を選択したばかり。新卒から約8年間働いた会社を退職し、30歳でプー太郎に。やりたいことをドンドンやって、その過程をドンドン発信していけたらと思っています。

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私の人生を変えた言葉「人生、死ぬまでの暇つぶし」

どーもこんにちは。30歳でプー太郎のショウ子(@showco_pu)と申します。

新しい年ですね〜!決意新たに、目標を決める方も多いかと思います。

私自身も、2016年の中頃に会社員人生を卒業して、ふわふわとやってきましたが、2017年は一つ上のフィールドに行かなければいけない年だと思っています。

今日は、私がプー太郎になろうと決めた根底にも生きているであろう言葉を、ご紹介したいと思います。この言葉で人生が変わったと言っても過言ではありません。

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人は何のために生きてるの?人生の目的って何?

「人生、死ぬまでの暇つぶし」という言葉に出会ったのは、社会人1年目の秋。23歳になったばかりの頃でした。実は社会人1年目の春〜秋にかけて、病みに病んでいた時期でした。病みの原因はピーターパンシンドローム。はい、大人になりたくなかったんです。

学生時代は「大学を卒業したら働かなくちゃいけないのに、何で大学生の間にバイトなんかしなくちゃいけないんだ!」と、バイトはほとんどせずに奨学金を自分のお小遣いにしているような学生でした。(学費は親が払ってくれていました…)

「仕事=労働」という考えを持っていたので、社会人になってしまったら遊べなくなる!社会人になったら楽しいことがなくなっちゃう!という思い込みが凄まじかったのです。

そんな考えを持ったまま社会人になってしまったものだから、仕事や会社に対して希望を持つことができず、完全に受け身で、言われたことだけしかできない人間でした。

仕事が終わると「まっすぐ家に帰りたくない病」が発病し、誰れかれ構わず友人を飲みに誘い、誰も捕まらない時は一人で飲んで帰ったりしていました。会社と家の往復をするだけの生活なんて腐ってしまうと思っていたんですね。

会社も仕事も、冷静に見れば嫌なことなんて一つもなかったのに、「会社」という場所を無意味に敵対視して、現実逃避をする毎日を送っていました。

そんな中、当時付き合っていた彼氏にフラれました。いや、当然なんですよね。当時の私は、現実逃避したいあまり、精神的に彼氏に依存していたと思います。

そうなると、この世からすべての楽しみが消え去りました。学生から卒業してしまい、この先、一生労働していかなければいけない。そして心の拠り所だった彼氏にもフラれてしまった。何を楽しみに生きていけば良いのか、何を目的に生きていけば良いのか、わからなくなりました。

仕事には行くものの、休みの日は、布団を頭までかぶって部屋から一歩も出ないという、抜け殻のような生活をするようになりました。親に声をかけられてもひたすら無視。こんな自分から卒業したいけど、こんな自分が嫌だからこそ、現実逃避するために寝てしまおうと必死で身を丸める…みたいな。「自己嫌悪になって自分を責める私vs言い訳を探して自分をかばう私」という、引きこもり一歩手前の状態でした。

はい、その頃の日記が残っております。mixiに!!

人は何のために生きてるんやろう?って、漠然と考えたことありませんか?

美味しいもの食べるため?
夢を叶えるため?
楽しむため?
大切な人と一緒におるため?

でも、だから何?みたいな。

別に悩んでるわけでも病んでるわけでもないけど、
最終目標はどこに定めたらイイんかな~みたいな。

(省略)

みんな、何のために生きてるのー?
最終的な夢ってなにーーーーー?

軽〜く書いてるけど、これを公開するって、結構面倒臭い女だからね。

この頃は、引きこもり生活から次のフィールドである「必死で遊ぶ」という段階に移行していました。充実した自分を演じるために、毎日飲み歩いて、楽しい私をSNSで必死にアピールする痛い奴でした。当時は自分が「痛い奴」だと気付いてはいないものの、どこか虚しさみたいなものを感じていたんだと思います。だから、この先に何があるのか、どこへ向かって歩いていけば良いか分からず、みんなに向かって問いかけをしてみたんだと思います。

待ち合わせまでの3時間、あなたは何をしますか?

すると、そのヘビーなmixiの日記に、ある友人が「“人生、死ぬまでの暇つぶし”って言うしな!」とコメントをくれたんです。これを見たとき、ハッとしました。なんだか目の前が開ける感じでした。

どうせ、人間はみんな死ぬんだから、生きる意味を定義したところで意味があるのか。

「何のために生きていけばいいかわからない」と言っているのは、「どうやって暇つぶししていいかわからない」って言ってるのと同じなんじゃないか!?

実際に、友達と待ち合わせまでの時間、街で暇つぶししなければならないとします。その時、「どうやって暇つぶししていいかわからないー!」と取り乱すことってないですよね。ボーっと突っ立てても時間は過ぎますが、皆、カフェに行ったり買い物をしたり、本を読んだり、映画を観たり、何かしら行動をするかと思います。それなのに私は今、駅前でただ突っ立っているだけの人なんだと気付きました。暇つぶしをしようとしていないくせに、「暇つぶし、楽しくないー!」と言っているんだと。

暇をつぶす手段は自由なんだから、何かしら動いてみればいい。会社を好きになれないのは「ここのカフェ、居心地良くない」って言っているのと同じ。ならば居心地の良い席を探したり、過ごし方を工夫すればいいし、なんだったらカフェを変えてもいい。

彼氏にフラれてどん底気分なのは、「あのカフェに行きたかったのに満席で入れないー!」と言ってるのと同じ。そのカフェに入れないのなら、違うカフェを探せばいいし、なんだったらカフェに固執することなく、他の暇つぶし手段を考えてみてもいい。

そう思うと、今の自分の現状がバカらしく思えてきて、心がものすごく軽くなりました。

暇つぶしの上手な人になるために「死ぬまでにやりたいことリスト」

じゃあ、楽しく暇をつぶせる人になろうと思った時、どうしたらいいのか。

実際、待ち合わせまでの暇つぶしが上手な人って、行ってみたいお店や、やっておきたい小さな用事をリストアップできている人だと思うんです。日頃からアンテナを張っていて、自分の好みを分かっていて、やりたいことを自分の中に蓄積できている人。そういう人こそが、人生を楽しめるんだ!と気付いて、「死ぬまでにやりたいことリスト」をつけ始めました。

これを書き始めてからは、やりたいことが次から次に出てくるので、休みの日は活動的になり、平日だって飲んでばっかりはいられないし、引きずっていた元彼の傷も癒えていきました。

しかも、この「死ぬまでにやりたいことリスト」の楽しいところは、書いた時には「ちょっとハードルが高いかな〜?」と思っていたことも、しばらくして振り返ってみると、なんだかんだ達成していることなんですよね。だから書く内容もどんどんレベルアップしていく。年々、達成する内容が、人から「すごいね」と言われたり、羨ましがられたりする内容にパワーアップしていくんです。

最初は何を書いたら良いかわからなかったのですが、ロバート・ハリスさんの本を読んで、こんな夢みたいなこと書いてもいいんだ!と、参考にしながら書きました。今では、そんな夢みたいな内容も、夢みたいだとは思わなくなったし、叶っているものも多いです。(ちなみに、今、私のリストは600くらいあります)この辺りの話はまた別記事でした方が良いのかもな〜。

人生は「道」じゃない!「荒野」で暇をつぶせ!

この、「人生、死ぬまでの暇つぶし」という言葉と出会ってから「どうせ、人間は皆死ぬんだから、死ぬ時に、“暇つぶし、楽しかった〜!”と言えるような人生を送ろう」と思うようになりました。

だから、何かに迷ったり悩んだりした時も、最終的には「所詮、死ぬまでの暇つぶし。楽しいことやろう!」と思いますし、多少それが無茶な選択だったとしても「死にゃあしないし、大丈夫!」と思えるようになりました。

実際、会社を辞める時にも「会社辞めたって、死ぬわけじゃないし!」と割り切れてからは、不思議と不安はありませんでした。

そこで思うわけです。

人生って、よく「道」に例えられるけど、「道」って、間違うこともあるし、遠回りすることもあるし、引き返さなきゃいけないこともある。そんな例え方していたら、そりゃあ「道」の選択に迷うよな〜と。間違った「道」を選びたくないと思うから、なかなか行動に起こせないし、私みたいに迷いすぎて立ち止まっちゃうこともある。

待ち合わせまでの暇つぶしをする時に、この道を歩こうか、それともあっちの道を歩こうか、なんて考えないのにね。

そう思ったら、人生は「道」じゃなくて「荒野」での暇つぶしなんじゃないかと。

「荒野」だから何もない。何をしていいか分からないこともある。でも、何かしなければ始まらない。穴を掘って暇をつぶしてみたり、石を集めて遊んでみたり、砂でお城を作ってみたり。それぞれが楽しいと思う暇つぶしをしているうちに、穴から水が湧き出るかもしれないし、石の中に宝石が見つかるかもしれないし、砂が固まって本当に住めるようになるかもしれない。

いや、水も宝石にも住居にもならなかったとしても、続けていれれば、きっと穴掘りの名人や石コレクター、城作りの職人にはなれる。それって立派な人生やん?

一発逆転の億万長者になれるかどうかは分からないけど、この「荒野」で何かを始めて、それが楽しくなって、続けていけたら、そこには形ができる。どの「道」を進んでいいか分からずに立ちすくんでいるよりは、よっぽどいい。「道」がないからこそ、各々が好きなことをやって生きていけばいい。

最近はそんな風に思うようになりました。

 

ちなみに、調べてみると、「人生、死ぬまでの暇つぶし」という言葉は、みうらじゅんさんの言葉というのが有力だそうです。

知らなかったー。私、みうらじゅんさんの生き方とか考え、好きなんだよな〜。そんな方の言葉だからこそ、共鳴したんだろうな。

 

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