30歳でプー太郎

30歳でプー太郎

旅することと食べることが大好き。「やりたいこと全部やってから死にたい!」というのが人生のテーマ。【自分で自分の仕事をつくる】という生き方を選択したばかり。新卒から約8年間働いた会社を退職し、30歳でプー太郎に。やりたいことをドンドンやって、その過程をドンドン発信していけたらと思っています。

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別府市の「湯〜園地計画」を大成功に導いた理由とは?別府市長とボランティアスタッフの功績

どーもこんにちは。30歳でプー太郎のショウ子(@showco_pu)と申します。

前回の記事で「湯〜園地」に行ってきたよ!素晴らしかったよ!ということをレポート形式でお伝えしましたが、今回は、その素晴らしさや、「湯〜園地」がこれだけの成功にいたった理由について、私なりの見解・感想を綴りたいと思います。 

▼「湯〜園地」行ってきたのレポート記事はこちら

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人を愛する別府市長だからこそ、人に愛される

偉そうなタイトルですみません。でもね、この市長の文章を読んで欲しいのです。

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よく地方創生という言葉を聞きますよね。
それって、つまりどういうことなんでしょう。
何をすることなのでしょう。
最終的には、そこに住む人、これから生まれてくる人が、そのまちに愛着をもち、誇りを持てるようなまちをつくることなのだと思うし、いかにそのプロセスの中でその事を実感できる仕掛けをつくっていけるか、ということだと思うのです。
スキルやキャリアは大事です。しかしマインドをどう持つか、持ってもらうかが今は一番大事な気がします。

 

 いつも私ばかりがメディアに取り上げられ目立ってしまいますが、目立たない場所で懸命に汗を流し、支えてくれた方々がいてこそ、私が調子に乗って喋ることができるわけです。
私自身が過去、ずっとその立場でしたからよくわかります。
私がいただいた皆さまからのお礼や高いご評価は、全て運営スタッフ・ボランティアの皆さんのものです。言うだけ番長としては、実現していただいただけで感無量です。

この文章読んで、市長のことを好きにならない人がいますか!?

私が勝手にピックアップした2つの文章。
観光都市別府を、さらに盛り上げるためにはどうすべきか。観光客にアピールすることも大切だけど、それ以前に別府市民を盛り上げていきたい。別府市民が誇りを持てる街を作ることが、結果的に街を盛り上げることに繋がるのだと。マインドが大事なんだと。
別府という「都市」を見る前に、市長は「別府市民」を見てくれているんですよね。ハァ〜、感動っ!(注:私は別府市民ではありません)

そして、自身を「言うだけ番長」と自虐キャラにされている。
市長という立場上、「言う」ことがそもそも大変で、これだけ前面に出て旗を振れる人なんて他にいないのに、それを「支えてくださる皆さんがいるから」と言ってくださる。今回の「湯〜園地」のボランティア、かなり朝が早く(朝6時集合だったそう!)、炎天下の中大変だったかと思いますが、市長直々にこんなこと言われてしまったら、「手伝えることがあったら、また尽力しよう」って思っちゃいますよね。ハァ〜、泣けるっ!(注:私は別府市民ではありません)

旅人をもてなす「油屋熊八」の別府スピリット

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前回の記事でも少しご紹介した、別府を観光都市にした油屋熊八さん。

私も、別府駅前でこの銅像を見るまで存じ上げなかったのですが、

「旅人を懇ろにせよ」(旅人をもてなすことを忘れてはいけない)という新約聖書の言葉を合言葉に、サービス精神の実践として亀の井旅館(現在の別府亀の井ホテル)を創業。

●亀の井自動車(現在の亀の井バス)を設立して、日本初の女性バスガイドによる案内つきの定期観光バスの運行を開始。

●自動車の発展を見越して、現在の九州横断道路(やまなみハイウェイ)の原型でもある、別府~湯布院~くじゅう高原~阿蘇~熊本~雲仙~長崎間の観光自動車道を提唱。

●温泉マークを別府温泉のシンボルマークとして愛用し、一般に広めた。

●別府温泉の宣伝はすべて熊八個人の私財と借財でまかなわれた。

という、今の別府を作ったのは熊八さん!と行っても過言ではないほどにスゴイ人なんです。で、そんな熊八さん、県外の私たちが想像する以上に別府市民から愛されているんです。

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「湯〜園地」のアトラクション名に「熊八」の文字。最初「熊八って誰だよ!」って思ったのはここだけの話。

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大分のクラフトビール、商品名に「油屋熊八」。

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大分のいも焼酎、商品名に「熊八伝説」。

その他にも、居酒屋さんに「熊八」がつくオリジナルメニューがあったりなど、別府で「熊八」の名前をよく目にします。

そんな熊八さんのおもてなしスピリットがDNAレベルで刻まれているからなのか、「湯〜園地」のボランティアスタッフさんたちの接客レベル、おもてなしレベルが半端なかったんです。

驚くのは、ボランティアスタッフの皆さんには役割のお願いしていましたが、ケーブルカーのお客様をうちわで扇いだり、並んでいるお客さんに熱中症予防の水をかけたり、笑顔での最高最強のおもてなし、これ全て、ボランティアスタッフ自ら考え自発的に動いてくれた結果なのです。まさに神対応。素晴らしい!アッパレ!

またもや市長の言葉から引用しましたが、実際すごかったです!ツイッターで「湯〜園地 ボランティア」と検索してみてください。来場者たちからの絶賛の声がわんさか出てきます!!

本当、疲れた顔でイヤイヤ働いているスタッフの方は、私が見る限り0人でした!これ、ほんとに。決められた役割だけをこなしているボランティアスタッフさんも皆無だったんじゃないかな。本当にみなさん、来場者の方たちが暑さで疲れてしまわないよう、退屈しないよう、気持ちよく過ごせるように、自発的に動いていらっしゃいました。(実は、市長のこの文章を読むまで、自発的な行動だとは知りませんでした。あらかじめ熱中症対策として指示されているんだろうな〜と思っていました)

↑感動しすぎて「別府市長に伝えなきゃ!」と勢いでメンションを飛ばしたツイート

これには、観光都市・別府市民のプライドや、熊八スピリットを受け継いでいるからこそ、自然と出来たことなのかな〜と思いました。熊八DNA、おそろしや!!

別府市民も成功を願わずにいられない「ラクテンチ」での開催

f:id:show-co:20170805122106j:plain「湯〜園地」の会場となった場所は、昭和4年から現役で営業している遊園地、「ラクテンチ」でした。

昭和4年からということは、創業88年!別府市民なら、おじいちゃんおばあちゃんも、お父さんお母さんも、息子娘、孫世代、四世代に馴染みのある遊園地だそうです。そんな場所で開催となれば、「湯〜園地」そのものに興味がなくとも「え、あのラクテンチで?懐かしいな〜!ボランティア協力しよっか」となり得ますよね。県外に住んでいる元別府市民の方々も、「え、あのラクテンチで?懐かしいな〜!帰省してみよっか」となり得ますよね。

長年愛されて、別府市民の思い出の中に刻まれてきた場所だからこそ、応援せずにはいられないし、協力せずにはいられない、不思議な求心力が生まれたんだと思います。

でも、もっと素晴らしいのは「湯〜園地」のコンセプトが先にあって「ラクテンチ」で開催したことではなく、「ラクテンチ」という場所があって、それを元に「湯〜園地」というコンセプトができたということ!!

昔からある思い出のラクテンチと昔からある温泉とを掛け合わせて全く新しく斬新な価値を生み出したい、という基本コンセプト

別府の街を愛し、別府市民の心を愛する市長だからこそのコンセプトですよね。ハァ〜、素敵すぎる!!

別府市民が別府のことをもっと好きなった。県外から来た人が別府に移住したいと思うくらいに大好きになった。

この「湯〜園地」の最大の功績は、メディアに取り上げられて話題になったことではありません。これは断言できます!!

「湯〜園地」に行った方なら分かると思います。あの期間の別府の高揚感。街全体がワクワクしていました。

どこに行っても、別府の方たちが「湯〜園地」の話をしていて、その空気感はまるで文化祭前夜。不安と期待が入り混じり、ボランティアスタッフさんたちからは「みんなで成功させようね!頑張ろうね!」という、団結感が漂っていました。

ボランティアとして関わっていない方も、「関西から来た」と言うと「湯〜園地、楽しんでね〜」と声を掛けてくれ、別府市民全体から「別府は楽しいことをやっているんだ」という誇りを持った空気感が漂っていました。

「湯〜園地」の様子がニュースに取り上げられていると、その翌日には「見た?〇〇さん映ってたよね〜!」と盛り上がる。メディアで話題になることで、それが別府の方たちの士気を高めているかのようでした。

そんな方たちを見ていると、こちらまでも嬉しくなり、素敵な人たちだな〜素敵な街だな〜と、別府のことが好きになっていくわけです。別府はもともと、留学生がたくさん住んでいたり、移住者も多いそうなのですが、そんな元気な別府の街を見ていると、「私もこの街の一員になってみたいな〜」「移住しやすそうだな〜」「別府、楽しそうだな〜」と思いました。

『この動画は観光客の皆さんに向けてつくったものではありません。』
では誰のためにつくったのですか?
『別府市民の皆さんに向けてつくったものです。』

市長はこうおっしゃっていますが、別府市民は別府のことがもっと好きになり、観光客も別府のことが大好きになったという、一挙両得の結果になったと思います。

いやぁ、だって「移住するなら別府だな」って思うって、そんじゃそこらのPRではできないもんね!あんなにクッソ暑い(私が日本国内で体感した、夏の暑さナンバーワンの土地だと思う)土地に住んでみたいな、と思わせるって、別府の街、別府市民のポテンシャル、半端ない!!

このブログは冷静になってから文章を書いたつもりですが、冷静になる前にワーッと書いた文章があるので、そっちも転載しとこうかな。別府、サイコーでしたっ!!

いやね、ほんとね、別府の街がいかに素晴らしいのかを、嫉妬するくらいに感じさせられましたよ!!

湯〜園地計画が公になった時、市長は言ってた。「これは対外的な別府市の宣伝ではなく、地元の人たちに別府をもっと誇らしく思ってもらいたいのだ」と。(←完全に私の意訳です)
その時はピンと来てなかった。

でも、別府に降り立って気付いた。街の人がみーんな「湯〜園地」の話してるの。
上層部もバタバタしていて大変だっていう不安。当日の効率的な回り方などの情報。そして、当日は〇〇でボランティアスタッフしてるから会いに来てねっていう宣伝。
もう、街の人たちの空気が、文化祭前夜そのものの空気やった。

ああ、別府市は市民全員で楽しいまつりごとをしてるんだなーって。そしてそのことを誇らしく思ってる。なんだよ、市民全員、老若男女で青春とか羨ましいやないかっ!!

んで、びっくりしたのは、アトラクションに並んでるお客に対して、ボランティアスタッフの皆さんが、うちわで扇いでくれたり、水鉄砲で水を掛けてくれたり、一人一人に声を掛けて水分補給を勧めてくれたりしたんやけど、これらの行動が全部指示じゃなくて自発的な行動だったってこと!!

何度も言うけど、別府の暑さは体験したことないくらい尋常じゃなくて。そんな中、行列作って並ぶから、さすが熱中症対策しっかりしてるわ〜って思ってたん。さすが行政の仕事やな〜って。
でも、それが、あらかじめの指示じゃなくて、現場で出来たおもてなしの行動だったとは!!
もう、それ、一流テーマパークの流儀やん!!一人一人が誇りとプライドを持って、仕事している場所で起きる、思いやりのムーブメントやん!!

すごない?
某テーマパークのスタッフさんと変わらない、いや、それ以上の笑顔と誇りを持ってた。ボランティアやで?
別府市への想いやラクテンチへの想い、そこで繋がる市民同士の団結感、当事者じゃないから分からへんけど、何かそういうものが皆んなをそうさせたんやろうなあ。
市長が言ってたことの意味が分かった。

そして、そんな人たちが住む別府が大大大好きになった。住んでみたい、そう思った。

これでこそ、究極の宣伝やん。
ほんと、別府の街、別府に住んでいる人たちを大好きになった。別府に行ったことない人は、ぜひ行ってみて。

最後に、こんな楽しくてイカれた「まつりごと」を実現し、楽しませてくださった、別府の街、別府市のみなさん、ボランティアスタッフのみなさん、ありがとうございました!!

▼サイコーだった「湯〜園地」の全貌を動画にまとめました!!


別府市・湯〜園地計画に行ってきた!100万再生の約束、本当にやりました!ついに実現した温泉×遊園地/Spamusement park project in Beppu! Movie by GoPro

 

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