30歳でプー太郎

30歳でプー太郎

旅することと食べることが大好き。「やりたいこと全部やってから死にたい!」というのが人生のテーマ。【自分で自分の仕事をつくる】という生き方を選択したばかり。新卒から約8年間働いた会社を退職し、30歳でプー太郎に。やりたいことをドンドンやって、その過程をドンドン発信していけたらと思っています。

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【プロフィール】30歳でプー太郎になったショウ子の自己紹介

どーもこんにちは。30歳でプー太郎のショウ子(@showco_pu)です。8月中旬に退職し、送別会も終わり、ブログでも顔出しをし始めたので、そろそろ自己紹介をしたいと思います。

【ショウ子】ひとことプロフィール

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大阪生まれ、大阪育ち(約2年間だけ沖縄育ち)、神戸市在住。

旅することと食べることが何よりも大好き。記録魔ゆえのカメラ小僧。

人生におけるトピックスは、15歳の時に最愛の父親を亡くしたこと。22歳の時に約3ヶ月の世界一周旅行に行ったこと。25歳の時に野外音楽フェス運営の広報として参画したこと。28歳の時にワインエキスパートの資格を取得したこと。30歳の時に新卒から勤めた会社を退職してプー太郎になったこと。

「この世に生まれたからには、やりたいこと全部やってから死にたい」という思いのもと、自分の興味をお金に変えられるように【自分で自分の仕事をつくる】生き方を選択したばかり。ちなみに現在無収入の実家暮らし。プー太郎というわけです。

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細かすぎる私的な人生年表

0歳  沖縄出身の母と福岡出身の父の元に生まれる。一人っ子。

6歳  毎週末父親と図書館へ通い、休日の夕食は父親が作る家庭で育つ。

11歳 「劇団ひまわり」に習い事感覚で入団。

12歳 交換ノートが大好きで、妄想ストーリーを書きまくる。

13歳 入りたい部活がなく、何にも打ち込まない中学時代を過ごす。

14歳 父親を突然の病死で亡くす。

16歳 「美人しか入部できないからやめておけ」と止められたダンス部に情熱だけで入部。

19歳 飲みサーに入り、平均的な大学生生活スタート。

20歳 大学近くで一人暮らしを始める。

21歳 当時流行っていたmixiにどハマりする。

22歳 就職活動によって人生最大級に病む。

23歳 女二人で世界一周旅行へ。

   就職。深刻なピーターパンシンドロームに陥る。

   初めて国内ひとり旅をする(しまなみ海道)。

24歳 大阪から神戸へ実家を引っ越し。住環境の変化で長年の反抗期が解消。

25歳 仲間が主催する野外音楽フェス「ツキノウタゲ」の広報として活動。

26歳 初めて海外ひとり旅をする(ベトナム)。

27歳 母親と年に一度の海外旅行恒例化スタート。

28歳 ワインエキスパート資格取得。

           月に書籍費約3万円を費やすほどの本好きが覚醒する。

   社内でクライアント向けセミナーの担当講師になる。

           数秘学に目覚めて独学で勉強。

29歳 朝ドラ「マッサン」に影響されてウィスキー検定2級取得。

   ウェブデザインスクールに通う。

   個人旅行でギリシャのザキントス島にある絶景ナヴァイオビーチに行く。

30歳 YouTubeとブログを中途半端に始める。

   社内で全国売上1位の表彰を受ける。

   新卒から約8年働いた会社を退職する。

体験したことのないことを体験したい!

私の中の最も強い欲求はコレかもしれません。だから「やりたいこと全部やってから死にたい!」んですね。

*行ったことのない場所に行きたい!

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それが顕著に表れているのが旅。

大学入学当時から旅行は好きで、ツアーでちょこちょこ行っていましたが、やっぱり世界一周が大きな転機でした。約3ヶ月という、世界一周をするには短い期間だったので、かなり駆け足で回りました。そこで感じたのは「世界にはまだまだ見たことのない景色や知られていない場所がたくさんある!」ということ。

生きているうちに見たいもの全て見ようと思うと、普通の会社員生活では無理だな…。どういう仕事をすれば好きなだけ旅ができるのか…。新卒入社当時からそのことばかり考え、自由に旅ができる生活を手に入れることが人生の目的になりました。

新卒入社当時は、不労所得を得られるくらいの仕組みや商品を世に出して、自分がビッグになった暁に、遊んで暮らせる人生が得られるんだと考えていました。でも、起業できるようなスキルも資金も勇気もなく、ただただ月日が流れるだけ。

20代後半に突入してからは、億万長者になるんじゃなく、好きな時に長期で休めるような自営業になれば、年に1、2回は長期で海外に行けるようになるだろうと考え始めました。だから、何かスクールの講師になろうと思っていました。食に興味があったので、料理教室、パン教室、ワイン教室。(これが動機になってワインエキスパートの資格を取るに至りました)そして、丁度社内でセミナーの講師を務めるようにもなったので、サロネーゼと呼ばれる人たち向けのウェブマーケティングスクールが本命候補になってきたのはこの頃からです。

そして今は、お金やお休みを確保して旅に出るのではなく、旅することそのものが仕事になり得る時代になってきたなあと実感しています。旅の体験を発信したり、旅先でビジネスをしたり。旅と仕事が一緒になれば、死ぬまでに旅に費やすことのできる時間は格段に増えます。もう、超理想!

人生の目的である「やりたいこと全部やってから死ぬ!」を趣味だけでなく、仕事としても追いかけていきたいと思っています。だから私の旅欲は、生きる上でも仕事をする上でも最大のモチベーションなんです。

 

<今までに行った国> ※都市名の記載がない国は首都のみ訪問

■アジア

韓国・台湾・ベトナム(ホーチミン)・マレーシア(ペナン島)・シンガポール・インドネシア(バリ島)

■西アジア

ヨルダン(アンマン・ペトラ・アカバ)

■ヨーロッパ

オーストリア・ドイツ・オランダ・ベルギー・ルクセンブルク・スロベニア・クロアチア(ザグレブ・スプリット・ドゥブロブニク)・ボスニアヘルツェゴビナ(モスタル)・ギリシャ(アテネ・テッサリア・ザキントス島・ケファロニア島・サントリーニ島)イタリア(ミラノ・フィレンツェ・ローマ・ヴェネチア)・フランス(パリ・ルーアン・オヴェールシュルオワーズ・ジヴェルニー・アヴィニョン・アルル・サンレミ)・ポルトガル(リスボン・ポルト)・イギリス/イングランド(ロンドン・ブライトン)・イギリス/スコットランド

■アメリカ

アメリカ(ロサンゼルス・ラスベガス・ニューヨーク)・ハワイ・グアム・サイパン

■南米

メキシコ(カンクン)・ペルー(リマ・クスコ・ナスカ)・チリ(サンティアゴ・イースター島)

■オーストラリア

オーストラリア(パース)

*食べたことのないものを食べたい!

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元々、食べることが好きなのですが、私は「食への知的好奇心が強いタイプ」です。

食への興味は、おそらく父親のDNAです。父は共同経営で飲食業を営んでおり、他界する直前は独立経営の飲食店を開くために、アジアの国へ2ヶ月ほど食研究の旅出たりしていました。お店がオフィス街にあったということもあり、飲食業にも関わらず土日が休みという勤務形態でした。だから、土日は父が作るおいしい夕食を食べることが楽しみでした。

小学生の頃は、毎週土曜日の午前中から車で一緒に、少し遠くの市場的な商店街へ行って食材を仕入れる。お昼から仕込んで、夕方にはお酒を飲みながら前菜を食べ始める。そんなスタイルでした。父もお酒が好きだったので、前菜と言っても酒の肴。母はお酒も強くなく、生ものも得意ではなかったので、父の相手はもっぱら私でした。

その単なる食いしん坊&酒飲みが、食への知的好奇心に変わったのは、初めて一人で海外へ行ったベトナムがきっかけかな、と思います。このベトナム旅の動機は、「世界一周もなんだかんだ二人旅だったので、言葉の通じない国でひとり旅をしてみたい!」という単純な理由でした。でも、その行き先にベトナムを選んだのは、他界直前に父が食研究の旅として巡っていた地が、ベトナムだったからかもしれません。

行き先をベトナムに選んだ時から、私の旅のテーマは「食」になっていました。旅のプランを考えているうちに、グルメ旅はグルメ旅でも、ただ美味しいお店を回るのではなく、ベトナムの食文化に触れ、郷土料理を学ぶ旅にしたいと思うようになりました。事前にベトナムの食文化の書籍を買ってきて勉強してみたり、ベトナム在住日本人のブログをしらみ潰しに読んでベトナムで食べたい家庭料理リストを作ってみたり。それが、食に対して「知りたい」欲求が強くなったきっかけだと思います。

そこから、国内・海外問わず、その土地の郷土料理はもちろん、食文化、地魚や地元野菜、調味料などに興味を持つようになりました。そう思うと、旅と食は切っても離せないですね!

食関係でスクールを開きたいと思っていた20代後半は、この流れでワインに興味を持ち、ワインエキスパートの資格を取得。ヨーロッパを旅行する際には、このワインの知識が活きるので、勉強してよかったなあと思います。今勉強したいのは日本酒だな。

発信することも大好き!

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小学3年生の時に書いた「将来の夢」は作家でした。これは、幼少期から毎週末図書館に連れて行ってもらい、本好きに育った結果だと思います。もちろん得意科目は国語で、作文の授業時間は、我先にと、原稿用紙のおかわりを何枚も取りに行く子ようなでした。

家の壁には、自宅で作成した自分新聞を貼り出して自分発信をしたり。おたのしみ会なるイベントを勝手に企画してポスターを貼って友達を自宅に招いたり。

小学校高学年になると、通常の交換日記だけでは飽き足らず、一人一人が少しずつ物語を書き足して話を展開させていく、新しいやり方の交換ノートを生み出し、同じメンバーで同時に13種類の物語を展開させたりしていました。(私は2ページ書き進めるけど友達は2、3行しか書かないという感じでしたが…笑)

中学高校時代は、文字での発信からは遠ざかり、演劇やダンスなど違った形での表現に打ち込むことになります。

そして大学生になって出会ったのは、当時大流行していたmixi。自分が体験したことを自分が書いた文章でみんなに発信できるというのが楽しくて楽しくて。一人暮らしの夜更かしはほとんどmixiに費やしたと言っても過言では…あるかな。でもまあ、就活の時の自己分析で「時間を忘れるほど没頭できること」とかいう項目は間違いなくmixiでしたね。その頃から、体験したことを写真で残すということにも執着するようになり、20歳の時に初めてデジカメを購入し、一気にカメラ小僧への道を歩み出します。(それまでも使い捨てカメラで小僧してたけど、一気に加速しました)

社会人になってからはmixiがFacebookになり、会社の人の目も気にせずにバンバン発信していました。

そんな中、発信することの影響力を感じたのは、仲間が主催していた野外音楽フェス「ツキノウタゲ」の広報担当として、商業目的でSNSを運用した時でした。私はそれまでmixiやFacebookなど、面識のある人たちに向けての発信ばかりで、不特定多数の人たちへ向けて情報を発信したことはありませんでした。それを、フェスの認知度を上げるため、集客をするために、戦略を持ってブログやTwitter、Facebookなどを運用したことにより、フォロワー数やアクセス数、検索エンジンでの上位表示など、目に見える形で結果を感じられたことは、情報発信における初めての成功体験でした。無名のフェスがゼロからSNSを始めて、そのSNSをきっかけに来場してくれる人たちがいるということを体験した時、SNSの先に広がる可能性を強く感じました。

そして会社員人生での転機は、社内でクライアント向けのセミナー講師を担当させてもらったこと。それまで、セミナー講師ってレジュメを読むだけで良いと思っていたんですが、ちゃんと聞いてもらうことがどれだけ難しいかと知りました。眠くさせちゃいけない。最後まで興味を持って楽しんで聞いてもらえなきゃいけない。セミナー内容をちゃんと理解してもらわなきゃいけない。そしてセミナー終了後に実践してもらえるようじゃなきゃいけない。ああ、伝えるって奥が深いんだなと、勉強をするきっかけになりました。それからは「発信すること」というよりは「伝えること」に興味を持ち、それを仕事にしていきたいなあ(スクール講師やセミナー業)と思い始めたのがこの頃です。

そして今。「旅」「食」という興味や探求の対象について「発信すること」が最もやりたいことだと気付きました。幼少期から培ってきて、会社員人生でも得意分野としてやってきた「発信すること」。一つのスキルだと捉え、自分の体験を発信することで収入を得たい。そしてその発信を元に、更なるビジネスを展開していきたいと考えています。さて、どうなることやら私の人生。【自分で自分の仕事をつくる】という生き方は始まったばかり。

プー太郎の胸の内をさらけ出している記事 

私が何を考えてプー太郎になり、今後どこを目指し、何に苦しみ、何を喜びとしているのかを知ってもらえそうな記事をここに随時更新していきます。

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